事業紹介

  小さなパーツから自社一貫製造で信頼にお応えします

各種農業機械の開発・製造・修理・販売を行っています。とくに「にんじん収穫機」「だいこん収穫機」「キャベツ収穫機」「はくさい収穫機」は、大手農業メーカー3社へOEM供給しており、全国各地で利用されています。また、生産地近郊という利点を活かし、日々研究・開発を進めています。

オサダ農機スーパーキャロットル開発物語

1990年、圃場に現れたその機械は、苦しい作業に追われていた生産者にとって革命だった。

機械いじりが大好きだった長田少年は、やがて整備士となり、故郷に自動車整備工場を開設した。工場は人々に信頼され、開設から5年後には株式会社となり、バブル景気の波にも乗って経営は順調だった。そんな中でも長田の魂は、機械いじりが好きだった少年の頃と変わってはいなかった。

富良野一帯は北海道でも有数の人参産地として知られている。収穫時期ともなると、畑には大勢の人が入り、地面にへばりつくような作業に追われていた。日が落ちてもまだ作業を続ける人の姿があることを、長田も知っていた。ある日、地元のJA職員が「人参の機械をつくってくれないだろうか」と相談を持ちかけてきた時、長田の魂にポッと火がついた。「やってみようか」。

当時、すでに人参収穫機はあったが満足できる性能ではなく、人手不足や人件費の解消に「使える収穫機」が求められていた。しかし農業機械などつくったこともない整備工場で、ましてや機械の設計図を引ける者はいない。考えた末、中古のコンバインを購入して分解し、修理に農業機械が持ち込まれるとその構造を研究。人参畑にも出かけ、収穫の様子を見たり農家の人々の本音を聞いたりして、理想の収穫機を頭に描いていった。

そうしてやっと形になった試作機を畑で実際に動かしてみると、数メートル動いただけで止まってしまう。人参の葉が機械に絡みつく。葉は何センチもカットされずに残っている。昼間は畑で動かしてみる、夜は工場で部品のひとつひとつをつくり直す。数え切れないほど繰り返し、ついに平成4年に1号機の「人参収穫機スーパーキャロットル」が完成。商品化にこぎつけることができた。

思えば、すぐそばに人参畑があり、試運転に畑を貸してくれる農家の方々、さまざまな面からバックアップしてくれ農業関係者が大勢いた。産地だからこそ開発できた機械なのである。長田は、深く感謝するとともに、あの苦しかった収穫作業を軽減することができたことに大きな喜びを感じている。

その後も改良を重ね、機種も増やしていった。やがて整備工場の一部門ではなく、会社として独立。当初はメンテナンスに駆けつけられる地元での利用を考えていたが、OEM供給することで全国に広がっていった。

オサダ農機の人参収穫機は、農業に携わる人々にとっては革命であり、やがて日本の農業を変えるきっかけになるのではないだろうか。そう信じながら、今日もオサダ農機は「ものづくり」に取り組んでいる。